🌸プラムブリーズ🌸Plum Breeze

森と清流に囲まれて自然に呼吸が深くなる☺。Living with Joy, Yoga, Meditation, Access Bars®, EM, etc. somewhat spritual.

セルフでアクセスバーズ

2016
14
今日は、ひさびさの大雨と雷。ベランダの椅子で、マイナスイオン浴びながら、涼んだりしていました。気持ちよかったなー。

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グリーンカーテンはジャスミン。 せっかく家にいるのだから、そのうち書こうと思っていた、セルフでアクセスバーズをしたら、すごい効いた~!、という話を書こうとしてるのだけど、それがなんだったのか、まったく思い出せない。

たしか、そのとき、うつうつザワザワとしていて、なにかドツボにはまっていた。サムスカーラ。少し前には、レコード盤のミゾにたとえられたりした心のクセのようなもの。今ならさしずめ光ディスクに記録されたようなもの、という説明でいいのかな。そこにレーザーが当たると、自動的に演じてしまう、クセのなせるカルマ的考えや行動。

細々ながらも、ヨガやら瞑想やらを続けていたおかげなのか、年を重ねて少しは賢くなったせいなのか、以前よりは、はまりこんでいる自分に気づけるようになってきていると思う。昔は自分がそこにはまりこんでいることすら気がつかなかったですから。

気づくとそこから抜け出せる。・・・ときもある。回を重ねるとそれもうまくなってくる。・・・こともある。でもぜんぶがぜんぶそうじゃなくてね。あー、そこに影響を受けている。というのはわかるのだけど、そこから抜け出すすべがない。思いつかない。時も解決してくれない。・・・ように感じることもある。今回がそれだったように思う。白い犬のことを考えてはいけない、というと、どうしても頭から白い犬が離れなくなっちゃう、というアレですね。ふと、気がつくとまたそれ考えちゃってるわけ。人間が一日に考えることは数十万以上?。その考えのほとんどが、もしかしたら考えたくない白い犬のことだったりするわけで。

意識の向く方向に人生は動いていくらしい。とすると、いくらたまに好ましいことを考えたからといって、ほとんどの時間を気づかずに白い犬のことを考えていたとすると、いずれは白い犬が出現する、もしくは自分が白い犬になってしまうだろう。それはちょっとなー。

どんよりと重たいながらも、アクセスバーズのクリアリング・ツールをやってみる。かんたんなことなのに、それすらもめんどくさくていやいやながら。まー、とりあえずやっておこう、くらいの感じで。ついでにアクセスバーズもセルフでやってみる。自分で自分の頭のポイントおさえるのは、姿勢的にちょっときついから、あまりやらないんだけど。

ほんの10分くらい。・・・え、まじ?すっごい軽くなったー。真黒な暗雲が一気に晴れて青空と太陽。みたいな。なんじゃこれー。

これまでなんとなくいいなあ、でやってましたが、こんなに実感したのは初めてでした。ヨガもそうだけど、なんにもないときより、なんかあるときのほうが、効果が思いっきりわかりやすいのかもしれません。

心の持ちようだけで、サムスカーラと対峙するのは、むずかしいかもしれない。それが光ディスクに記録されたもの、あるいは磁気的に記録されているようなものだとしたら。人の身体は、電磁気的(光もそうだ)なもの。手で触れて、物理的にエネルギーを開放する、というのは理にかなっているな、と思う。古からシッダやヨギたちの組む、ムドラーと呼ばれるさまざまな手の型は、つなげる指によって、チャクラや氣の流れに影響を与える、ということは知られている。電磁気的に記録されたものは、電磁気的にリセットできる、だろう。

そして、クリアリング・ツール。意図の生じた地点に、理屈を飛び越えて効いてしまう。いい気分に高揚して、一過的に忘れさせてくれる癒しとは、ここが劇的にちがうと思う。臭いニオイは元から断つ。消臭剤でカバーしただけじゃダメ。身もふたもない比喩だけど。一時的にハートチャクラを広げていい気分になるのだったら、いい映画でも観るほうが好みに合っている。

昔は、これらのことがものすごくむずかしいことだったのだと思う。生涯をかけて苦行をしたり、神のごときグルに運よくめぐりあって、迷妄をふりはらってもらったり。特に、24,000年の周期のカリ・ユガの時代には。今は、それがもっとかんたんにできる時代になってきているのだと思う。

かんたんにできるからいって、あなどってはいけない。

三蔵法師は、天竺にお経を命がけでとりにいって、西遊記のモデルになった。
今なら、お経もスマホで読める。
字を読める人が少ない時代も長かった。
テキストはすべて何世代もかけて写本するしかない時代も長かった。

今は、かんたんで、だれでもできる、で、いいのだと思う。

そして、何日か私の頭をずっと占拠していた問題については、ここまで書いてきても、それがなんだったのか、まったく思い出せないのだった。消滅したのかもしれない。何日も頭から離れなかったのだから、かなりの問題だったはずなのに。

脳の断捨離。いいのだ。理屈はよくわからないけど。